2018/01/15

殷墟甲骨文中の「遠」「𤞷(邇)」と関連字

この記事は裘錫圭氏が1985年に発表した論文《釋殷墟甲骨文裏的“遠”“𤞷”(邇)及有關諸字》(以下《遠邇》)を和訳したものである。
裘錫圭が《遠邇》の初稿を書いたのは1967年のことであるが、この文章は結局発表されなかった。その後、1982年9月に《屯南》等の新出資料の発見に従って文章を書き改め、この《遠邇》は1985年《古文字研究》第十二輯において発表された。1992年、裘錫圭の著作集である《古文字論集》に収録されるにあたって末尾に追記が加えられた。1994年《裘錫圭自選集》にも収録されている。2012年《裘錫圭學術文集・甲骨文卷》に収録されるにあたりさらに注釈が加えられ、卜辞の出典には《合集》の番号が加えられた。2015年には《中西學術名篇精讀・裘錫圭卷》に収録され、陳劍氏による新出資料や研究成果にもとづいた注釈が加えられた。
いま《中西學術名篇精讀・裘錫圭卷》収録の文章に基いて《遠邇》を和訳したものをここに公開する。ただし、翻訳は原文に忠実ではない。新出資料や研究成果に従い、文章を追加・削除・書き改めるなどした。また比較的古文字に不慣れな読者でも理解できるよう一部には詳しい解説を加えた。

先に《遠邇》の要旨を述べておく。
甲骨文中に以下の諸字がある。
A」は「遠」、「a」は「袁」の古文字である。「袁」は「衣+又」及び追加声符「〇(圓)」からなり、{擐【服を着る】}の表意初文である。「袁」「遠」はともに、卜辞中では{遠【遠い・遠く】}或いは固有名詞(人名・地名)として用いられている。
C」「D」「E」は「埶」の古文字で、「𠬞(又/𦥑)+木(屮/个)+土」からなり、{藝【植える】}の表意初文である。卜辞中では「C」は本義{藝}、「D」は{設【設置する】}として用いられている。
B」「F」は「埶」に「犬」を加えた字で、西周金文の「𤞷」字であり、卜辞中では{邇【近い・近く】}あるいは固有名詞(地名)として用いられている。{邇}には「B」が、固有名詞には「F」が多用される傾向がある。

裘錫圭は《遠邇》文において、幾多の文字学的証拠を挙げて上記考釈が正しい(であろう)ことを証明している。いま世間では文字学的証拠に欠けたトンデモ字源説などが流布しているが、この《遠邇》文を通して、古文字考釈とはどのように行われるのか、「文字学的証拠」とはなにか、といったことを読み取って欲しい。
知識は関連書籍や論文を読むことで積み重ねていくものである。しかし、多少興味はあるという程度の層や、最近学び始めた者などは、どこから手をつけていいかわからないかもしれない。そこで、容易に手がとれるように日本語に翻訳した上で、いま一編の論文を例として取り上げる。裘錫圭《遠邇》を取り上げたのは、この論文に古文字考釈において重要な要素が多く詰め込まれているからである。この記事によって、初学者の最初の一歩のハードルが下がることにつながれば幸いである。

(以下、正文)

2017/09/17

字典「史」

「史」

釋義

甲骨文

「史」は武官、あるいは使者とする説が広く受容されているが、異説は少なくない。
また、名詞{事}、動詞{使}に用いられる。
  1. 名:職官名。また、使者。
    貞:方其[⿶戈屮](翦)我
     貞:方弗[⿶戈屮](翦)我
     貞:我其[⿶戈屮](翦)方。
     貞:我弗其[⿶戈屮](翦)[方]。
    《合集》9472正;賓一

    己未卜,古,貞:我三史(使)人。
     貞:我三不其史(使)人。
    《合集》822;賓一
  2. 名:できごと。事象。事情。=事
    癸亥卜,爭,貞:灷𬅶化亡𡆥(憂),由(堪)王史(事)。
     貞:灷𬅶化亡𡆥(憂),由(堪)王史(事)。
     灷𬅶化其㞢(有)𡆥(憂)。
     貞:灷𬅶化亡𡆥(憂),由(堪)王史(事)。十月。
     灷𬅶化其㞢(有)𡆥(憂)。
    《合集》5439正;賓一

    辛卯卜,貞:今四月我又(有)史(事)。
    《合集》21666;子組
  3. 名:人名。
    丙寅卜,,貞:今夕亡𡆥(憂)。
    《合集》16584;賓三

    壬辰卜,内,貞:今五月㞢(有)至。
     今五月亡其至。
    《合集》13579反;賓一
  4. 動:つかわす。派遣する。出向かせる。=使
    己未卜,古,貞:我三史史(使)人。
     貞:我三史不其史(使)人。
    《合集》822;賓一

    庚申卜,古,貞:王史(使)人于䧅,若。王占曰:吉,若。
    《合集》376正;賓一

金文

「内史」は内史寮の長官で、主に王に伴う職務を行った。「太史」は太史寮の長官で、儀礼に参加したり、立法・気象観測・卜筮等を行ったとされる。金文では内史・太史等の官僚をまとめて「史」と称し、名前の前につけて「史某」の形で用いられる。
  1. 名:職官名。
    乙亥,王𫌲(誥)畢公,廼易(賜)𬛥貝十朋。
    史𬛥簋,《銘圖》04986-04987;周早

    孝𬁡(友)𤖣(牆),𡖊(夙)夜不彖(惰),其日蔑[⿸𠩵口](懋)。
    史牆盤,《銘圖》14541;周中

    易(賜)女(汝)、小臣、霝龠(籥)鼓鐘。
    大克鼎,《銘圖》02513;周晩
  2. 名:できごと。事象。事情。=事
    自今余敢夒(擾)乃小大史(事)
    𠑇匜,《銘圖》15004;周中
  3. 名:人名。また、族名。
    史鼎,《銘圖》00017-00045;商晩

    𦛛(薛)𥎦(侯)戚乍(作)父乙鼎彝,
    薛侯戚鼎,《銘圖》01865;商晩
  4. 動:つかえる。=事
    𩛥(載)乃且(祖)考史(事)先王,𤔲(司)虎臣。
    虎簋蓋,《銘圖》05399-05400;周中
  5. 動:つかわす。派遣する。出向かせる。=使
    余令(命)女(汝)史(使)小大邦。
    中甗,《銘圖》03364;周早

    隹(唯)王𠦪于宗周,王姜史(使)叔事(使)于大(太)𠍙(保)。
    叔簋,《銘圖》05113-05114;周早

    用𬯚(尊)史(使)于天宗,用卿(饗)王逆[⿺辶舟](復),用匓寮(僚)人。
    作册夨令簋,《銘圖》05352-05353;周早
  6. 動:しむ。ある対象に何かをさせる。=使
    𨕘從師雍父𫵔史(使)𨕘事(使)于㝬(胡)𥎦(侯)。
    𨕘甗,《銘圖》03359;周中
  7. 「内史」「内史尹」:職官名。内史寮の長官。
    隹(唯)三月,王令𬊇(榮)眔内史曰:“[⿱𦵯廾](介)井(邢)𥎦(侯)服。”
    榮簋,《銘圖》05274;周早

    王各(格)于大(太)室,師毛父即立(位),丼(邢)白(伯)右,内史册命。
    師毛父簋,《銘圖》05212;周中

    [⿰𠂤⿳日夂土]白(伯)右師兑,入門,立中廷,王乎(呼)内史尹册令(命)師兑。
    三年師兑簋,《銘圖》05374-05375;周晩
  8. 「大(太)史」:職官名。太史寮の長官。
    大(太)史乍(作)姬𬍢寶𬯚(尊)彝。
    公太史鼎,《銘圖》01824-01826;周早

    隹(唯)十又三月庚寅,王才(在)寒[⿰𠂤朿](次),王令大(太)史兄(貺)䙐土。
    中鼎,《銘圖》02382;周早

    隹(唯)公大(太)史見服于宗周年。
    作册䰧卣,《銘圖》13344;周早

楚簡

書籍簡においてはほとんど{使}に用いられる。司法文書である包山簡には102「正史」、138「大史」、158「右史」等の職官名が見られる。
  1. 名:史官。太史。
    是𫊟(吾)亡(無)良祝、也。𫊟(吾)𢼽(欲)䜴(誅)者(諸)祝、
    上博六《景公瘧》2

    乃册祝告先王曰。
    清華壹《金縢》2
  2. 名:姓。
    九月辛亥之日,彭君司敗善受[⿱几日](幾)。
    包山《受幾》54

    辛亥,妾婦監、[⿱𬐇心](懌)、䣓人秦赤。
    包山《所属》168

    辛巳,[⿺辶卜]𫾽(令)[⿸疒𢍏](𤷄)、𦸗尹毛之人、郯[⿰⿺𠃊炎戈](列)尹[⿱⿰炅匕黽]之人。
    包山《所属》194
  3. 動:つかえる。=事
    胃(謂)之【臣】,㠯(以)[⿱宀忠](忠)史(事)人多。
    郭店《六德》17

    奠(鄭)壽告又(有)疾,不史(事)
    上博六《平王問鄭壽》4
  4. 動:つかう。用いる。使用・運用する。=使
    胃(謂)之君,㠯(以)宜(義)史(使)人多。
    郭店《六德》15

    先﹦(先人)[⿱之所]﹦(之所)史(使)
    上博五《季康子問於孔子》12

    はたらかせる。使役する。=使
    至亞(惡)何(苛),而上不旹(時)史(使)
    上博五《鮑叔牙與隰朋之諫》7
  5. 動:つかわす。派遣する。出向かせる。=使
    孤史(使)一介史(使)
    上博七《吴命》4
  6. 動:しむ。ある対象に何かをさせる。=使
    民可史(使)道之,而不可史(使)智(知)之。
    郭店《尊德義》21-22

    亓(其)甬(用)心各異,[⿱爻言](教)史(使)肰(然)也。
    郭店《性自命出》9

     亓(其)甬(用)心各異,[⿱爻子](教)史(使)肰(然)也。
    上博一《性情論》4

    季𬨤(桓)子史(使)中(仲)弓爲[⿸宰刃](宰)。
    上博三《仲弓》1

釋形

「中*」と「又」に従い、何かを持った形。「中*」の構意は諸説あり定説はない。「中*」を「中」とみなす説があるが、両字は形が異なっており、また卜辞中の「中*」字の用法は「史」と同じで「中」のそれとは異なる。「中*」と「史」が同用法であることから、「史」は「中*」に「又」を加えた形声文字である可能性もある。
甲骨文には四種の字体がある。Aは賓組以外で普遍的に用いられる字体で、後代にもこの字体が継承された。Bは賓組に用いられる字体で、上部が二叉の字。二叉が三叉に変化し、後代の「事」「吏」字になった。Cは刀卜辞に見られる横画を欠いた字体。Dは主に𠂤賓間に用いられる「又」を省略した字体だが、上述のように「史」の初形かもしれない。
西周中晩期の金文の字は中央の縦画の長さに多様性がある。𪠷𫲾簋(《銘圖》04962)の「𪠷」は羨符「口」を加えた異体字と思われるが、別字の可能性もある。
晋系文字は上部の縦画が「十」字のようになっている。楚系文字は「⿳卜甘又」の字体だが、「弁」と極めて近い字形のものもある。

釋詞

上述のように「史」「事」「吏」は一字分化であり、また字義・用例を見ても明らかなように、{史}{使}{事}{吏}は同源詞である。


2017/08/24

字典「才」

「才」

釋義

甲骨文

殷墟甲骨文では時間や地名を後に続けて{在}に用いられる。また{災}の用法が数例みられる。
  1. 名:わざわい。良くないこと。災害。=災
    乙卯,貞:今日亡才(災)
    《合補》10708;歷二

    辛丑,貞:王其獸(狩),亡才(災)
    《屯南》1128;歷二
  2. 前:~で。~に。ありて。場所・時間・範囲などを示す。=在
    己亥卜,旅,貞:今夕亡𡆥(憂)。才(在)十二月。
    《合補》8113;出二

    癸牛卜,才(在)盂貞:旬亡[⿰𡆥犬](憂)。王占曰:吉。
    《合集》36914;黄二

    [甲]午卜,大[,貞]:翌乙未其登,其才(在)祖乙〼
    《合集》22926;出二

金文

金文では「人名+才(在)+地名・位置」の用法が圧倒的に多い。
  1. 名:貨幣[1]。あるいは財貨。=財
    乙未,公大(太)保買大[⿰王⿳丅口丄](珠)于𦍎亞,才(財)五十朋。
    亢鼎,《銘圖》02420;周早

    矩白(伯)庶人取堇(瑾)章(璋)于裘衛,才(財)八十朋,氒(厥)賈,其舍田十田。
    裘衛盉,《銘圖》14800;周中
  2. 名:姓。
    父戊。
    才父戊爵,《銘圖》07845;商晩
  3. 動:ある。あり。場所・時間・範囲などを示す。=在
    己酉,王才(在)梌,𠨘其易(賜)貝。
    四祀𠨘其卣,《銘圖》12429;商晩

    才(在)亖(四)月丙戌,王𫌲(誥)宗小子于京室。
    何尊,《銘圖》11819;周早

    唯五月既死覇,辰才(在)壬戌,王[⿱宛食][于(?)]大(太)室。
    吕鼎,《銘圖》02400;周中

    隹(惟)九月,王才(在)宗周,令盂。
    大盂鼎,《銘圖》02514;周晩
  4. 副:はじめは。最初は。昔は。=載、在、哉
    才(載)先王既令(命)女(汝)乍(作)𤔲(司)土。
    師𬱊簋,《銘圖》05364;周晩
  5. 前:~で。~に。ありて。場所・時間・範囲などを示す。=在
    王易(賜)小臣𪺕(系),易(賜)才(在)𡨦(寢)。
    小臣系卣,《銘圖》13284-13285;商晩

    唯成王大𠦪(祓)才(在)宗周,商(賞)獻𥎦(侯)𬱑貝。
    獻侯鼎,《銘圖》02181-02182;周早

    隹(唯)八月辰才(在)庚申,王大射才(在)周。
    柞伯簋,《銘圖》05301;周中

    㝬其萬年,永㽙(畯)尹亖(四)方,保大令(命),作疐才(在)下,[⿰午卩](御)大福。
    五祀㝬鐘,《銘圖》15583;周晩
  6. 助:かな。句末に置いて感嘆を表す。=哉
    唯民亡𫹔(延)才(哉)!彝𫹻(昧)天令(命),故亡。允才(哉)!顯隹(唯)苟(敬)德,亡𠧠(攸)違。
    班簋,《銘圖》05401;周中

    師訇,哀才(哉)!今日天疾畏(威)降喪,首德不克[⿱聿乂](規)。
    師訇簋,《銘圖》05402;周晩

楚簡

楚簡では{在}のほか、語気詞{哉}としての用法も多い。
  1. 名:才能。はたらき。=材
    而[⿱宀⿰帚戈](寢)亓(其)兵,而官亓(其)才(材)
    上博二《容成氏》2
  2. 名:わざわい。災禍。=災
    [⿱化示](禍)才(災)迲(去)亡。
    上博二《容成氏》16
  3. 動:ある。あり。場所・時間・範囲などを示す。=在
    亓(其)才(在)民上也,民弗厚也;亓(其)才(在)民前也,民弗𡩜(害)也。
    郭店《老子》甲4

    庚之子𭧏一夫、𭧏之子疕一夫,未才(在)典。
    包山《集箸》8

    君子才(在)民之上。
    上博五《季庚子問於孔子》2

    [⿱七䖵](蟋)[⿱⿴行⿱幺止虫](蟀)才(在)[⿱竹石](席),𫻴(歲)矞員(云)茖(莫)。
    清華壹《耆夜》11
  4. 動:みる。視察する。=在
    士帀(師)𬪌(陽)慶吉啓漾陵之厽(三)鉩(璽)而才(在)之。
    包山《集箸》13
  5. 動:そこなう。害する。陥れる。=讒[2]
    所㠯(以)異於父,君臣不相才(讒)也,則可已。
    郭店《語叢三》3
  6. 副:ますます。さらに。=兹
    余既監于殷之不若,[⿴囗帀](稚)童才(兹)𢝊(憂)。
    清華伍《封許之命》8
  7. 前:~で。~に。ありて。場所・範囲などを示す。=在
    是古(故)凡勿(物)才(在)疾之。
    郭店《成之聞之》22

    取皮(彼)才(在)坹(穴)。
    上博三《周易・小過》56

    才(在)少(小)不靜(爭),才(在)大不𫬽(亂)。
    上博四《内禮》10
  8. 助:かな。句末に置いて感嘆を表す。=哉
    𢚝(噫),善才(哉),言[⿸虎口](乎)!
    郭店《魯穆公問子思》4

    才(哉)
    上博三《彭祖》1

    於(嗚)[⿸虎口](乎),丁,戒才(哉)
    清華伍《封許之命》7
  9. 助:か。や。句末に置いて疑問を表す。また「安」等と呼応して反語を表す。=哉
    察丌(其)見者,青(情)安[⿺辶⿱止㚔](失)才(哉)
    郭店《性自命出》38

    公身爲亡(無)道,不[⿺辶戔](遷)於善而敚(説)之,可[⿱虎口](乎)才(哉)
    上博五《競建内之》6

    今天下之君子既可智(知)已,䈞(孰)能并兼人才(哉)
    上博四《曹沫之陣》5

    又(有)[⿹暊虫](夏)之悳(德)可(何)若才(哉)
    清華伍《湯處於湯丘》12
  10. 助:よ。句末に置いて命令・奨励を表す。=哉
    於(嗚)[⿸虎口](乎),敬才(哉)
    清華壹《程寤》6

    才(哉)
    清華壹《保訓》4

    [⿰苟戈](敬)才(哉),監于茲。
    清華壹《皇門》12

釋形

杙の象形で、「弋(杙)」から分化した字(何琳儀[3]・陳劍[4])。初期の甲骨文では短い縦画と下三角形からなる字形が多い。甲骨文で最も多く見られる字形は下三角形を長い縦画が貫いた形であるが、これは訛形であり、これに基づいて構意を説明するのは誤りである。
漢篆の例が少なく、説文小篆は隷書由来の字形であり秦篆とは異なる。

釋詞

陳劍は「弋(杙)」と「才」を一字分化とするが、詞義については触れていない。
「材」「財」は「才質、才智」といった意味を持ち、同源である。


2017/08/19

字典「士」

「士」

釋義

甲骨文

官名を表す。人名の前につける。
  1. 名:職官名。
    甲子卜,賓,貞:[⿱匕鬯]酒才(在)疾,不从古。
    《合集》9560;賓三

    庚午卜,出,貞:[⿱㞢八]曰:以賈齊,以。
    《英藏》1994;出一

金文

男性および官名を表す。
  1. 名:おとこ。(成人)男子の通称。
    王令(命)南宮率王多
    柞伯簋,《銘圖》05301;周中

    敺(毆)孚(俘)女、羊牛。
    師㝨簋,《銘圖》05366-05367;周晩
  2. 名:才能のある人。
    咸畜胤
    秦公簋,《銘圖》05370;春早

    余咸畜胤
    晋公盆,《銘圖》06274;春晩
  3. 名:職官名。人名の前につける。
    王令衜(道)歸(饋)貉子鹿三。
    貉子卣,《銘圖》13319;周早

    戍右殷立中廷。
    殷簋,《銘圖》05305-05306;周中

    王乎(呼)曶召克。
    克鐘,《銘圖》15292-15297;周晩
  4. 名:軍士。兵士。
    凡興被(披)甲,用兵五十人以上。
    新郪虎符,《銘圖》19176;戰晩

    凡興被(披)甲,用兵五十人以上。
    杜虎符,《銘圖》19177;戰晩

楚簡

人の汎称、また役人の意味に用いられる。
  1. 名: おとこ。(成人)男子の通称。また、ひと。
    又(有)志於君子道胃(謂)之𠱾(志)
    郭店《五行》7

    [《清𫳝(廟)》曰:“肅雝顯相,濟濟]多,秉文之德。”
    上博一《孔子詩論》6

    𠭯奮甲,殹(繄)民之秀。
    清華壹《耆夜》5
  2. 名: 才能のある人。賢い人。
    躳(躬)與凥(處)𪣬(館)。
    上博五《苦成家父》1
  3. 名:卿士。役人。
    姑(苦)城(成)[⿱爪家](家)父事[⿰⿻木𦥑攵](厲)公,爲
    上博五《苦成家父》1
  4. 「士尹」: 職官名。司法官。
    壬寅,五帀(師)士尹宜咎。
    包山《所属》185

    里公邞眚(省)、士尹紬[⿱𠦉診](慎)[⿱反止](返)孑。
    包山《集箸言》122

    士尹□□之。
    夕陽坡1
  5. 「士𠂤(師)」: 職官名。司法官。
    士帀(師)墨、士帀(師)𬪌(陽)慶吉。
    包山《集箸》12

釋形

斧鉞の象形。甲骨文では「王」と字体を共有していたが、のちに分化した(林沄)。
漢代には中部両側に点を加えた字がみられる。

釋詞

甲骨文や戦国晋系文字では「在」が{士}に用いられており、{才}と{士}は同源詞である可能性がある。


2017/08/15

字典「采」

「采」

釋義

甲骨文

特定の時間帯を表す「大采」「小采」の語に用いられる。一期甲骨文にしか見られず、以降は「朝」「莫(暮)」など別の用語に取って代えられたようである。
  1. 「大采」「大采日」:時間詞。朝方。
    癸亥卜,貞:旬。一月。昃雨自東。九日辛未大采各云(雲)自北。
    《合集》21021;𠂤小

    丙午卜:今日其雨。大采雨,自北延[⿰戌大],少雨。
    《合集》20960;𠂤小

    乙卯卜,㱿,貞:今日王往于𦎫〼之日大采雨,王不[步]〼
    《合集》12814正;典賓

    乙卯卜,㱿,貞:今日王往于〼之日大采雨,王不〼
    《合補》3643正;典賓
  2. 「小采」「小采日」:時間詞。日暮れ頃。
    癸巳卜,王:旬。四日丙申昃雨自東,小采既。
    《合集》20966;𠂤小

    丁未卜:翌日雨。小采雨,東。
    《合集》21013;𠂤小

    今日小采允大雨。
    《合集》20397;𠂤小

    癸亥卜,貞:旬。乙丑夕雨。丁卯夕雨。戊小采日雨,風。己明啟。
    《合集》21016;𠂤小

金文

西周における「采」は周王から貴族に与えられた土地を指す。他の賜与地と異なるのは、采主は租税を徴収したり服役を課したりすることができたものの土地の管理運営には携わらず、采の統治権はなお王室の下にあることである。
  1. 名:采地。 王から貴族に与えられた土地。
    今兄(貺)畀女(汝)䙐土,乍(作)乃
    中鼎,《銘圖》02382;周早

    王才(在)𢇛,易(賜)[⿺走𠳋](遣)
    遣卣,《銘圖》13311;周早

    [⿸户貝](胥)朕[⿸疒㚔]田、外臣僕。
    聞尊,《銘圖》11810;周早

楚簡

{彩}{綵}の意味に用いられる。郭店《性自命出》「」を上博一《性情論》は「」に作る。
  1. 動: みだれる。=㥒
    不又(有)夫柬﹦(簡簡)之心則
    郭店《性自命出》45
  2. 「采(綵)勿(物)」:彩色を施した旌旗・衣服など。その彩色によって貴賤を区別した。
    𪴨﹦(業業)天[⿱陀土](地),焚﹦(紛紛)而多采(綵)勿(物)
    上博三《恒先》8

    恙(祥)宜(義)、利丂(巧)、采(綵)勿(物),出於[⿱乍又](作)。
    上博三《恒先》7

釋形

「爪」(手の象形)と、「木」または「枼(あるいは“㕖”[1])」からなり、手で葉(あるいは実)を摘み取るさまの象形で、「採」の初文。甲骨文の二種の字体のうち、ただの「木」に従う字体が後代に引き継がれた。

釋詞

「采」声字は「取る」「彩る」義を共有する。


2017/08/11

字典「再」

「再」

釋義

甲骨文

残辞に一例みえるのみで、意味は不明。
  1. 允〼
    《合集》7660;典賓

金文

西周期の例はない。「二番目」「二回目」「ふたたび」の意味で用いられる。「閏再某月」は二回目の月(閏月)のことで、秦簡にも同用法が見られる。
  1. 数:二度、二回。二回目、二番目。
    隹(唯)廿又祀。
    𠫑羌鐘,《銘圖》15425-15429;戰早

    元年閏十二月丙午。
    元年閏矛,《銘圖》17668-17669;戰晩
  2. 副:ふたたび。かさねて。もう一度。
    尸(夷)用或敢[⿱再口](再)𢱭(拜)𩒨(稽)首。
    叔夷鎛,《銘圖》15829;春晩

    𬯔(陳)喜[⿱再口](再)立(涖)事歲。
    陳喜壺,《銘圖》12400;戰早

    奠(鄭)昜、𬯔(陳)𠭁(得)立(蒞)事歲。
    陳璋壺,《銘圖》12410-12411;戰中

楚簡

「ふたたび」「くりかえし」の意味で用いられる。《芮良夫毖》にみえる「再終」は二組からなる詩のこと[1]
  1. 数:二度、二回。二回目、二番目。
    内(芮)良夫乃[⿱乍又](作)䛑(毖)夂(終)。
    清華叁《芮良夫毖》2

    𫊟(吾)甬(用)[⿱乍又](作)(作)䛑(毖)夂(終)。
    清華叁《芮良夫毖》28
  2. 動:くり返す。ふたたびおこる。
    䆤(窮)達以旹(時),𫲪(幽)明不
    郭店《窮達以時》15
  3. 副:ふたたび。かさねて。もう一度。
    [⿰忄𠤕](疑)取
    郭店《語叢二》49

    𢘓(謀)亡(無)小大,而器不利。
    清華叁《芮良夫毖》26
  4. 「再三」:何度も。たびたび。
    大(太)子再三,肰(然)句(後)並聖(聽)之。
    上博二《昔者君老》1

    [⿰才匕](必)再三進夫﹦(大夫)而與之[⿸虍皆](偕)[⿱⿴囗者心](圖)。
    清華陸《鄭武夫人規孺子》1

釋形

甲骨文は残辞で文意は不明だが、後代の字形や甲骨文の「冓」「爯」の下部との比較から「再」と見られている。構意には定説がなく、不明。
春秋戦国時代には意符「二」を加えた字体や、羨符「口」を加えた字体が見られる。
秦代の字形は下部が「肉」に似るが、漢代には直線化された。説文小篆は明らかに漢隷の字形から作られたもので、秦篆とは異なる。
六朝楷書では中央縦画を下まで伸ばす字体が用いられたが、説文小篆を楷書化した字体が《干禄字書》の正体・開成石経の規範字体とされ、以降の字書に引き継がれた。さらに《字彙》では中央横画が短くなり(理由不明)、これが康煕字典体および現在の規範字体のもととなっている。

釋詞

待考。


2017/08/06

字典「宰」

「宰」

釋義

甲骨文

五期甲骨文に「宰丰」が数例見えるのみである。「宰」は職名、「丰」は人名である。
  1. 名:職官名。
    王曰刞大乙[⿱隹示]于白麓𥑿丰。
    《合集》35501;黄一

    王易(賜)丰。
    《合補》11299反;黄一

金文

職官名。主に人名の前につけて「宰某」の形で用いられる。特に周中晩期に多く見られる冊命儀礼においては補佐を行い、銘文では「宰某右某,入門,立中廷。」のような文章が決まり文句になっている。
  1. 名:職官名。
    王[⿱火女](光)甫貝五朋。
    宰甫卣,《銘圖》13303;商晩

    𣍧(胐)右乍(作)册吴,入門,立中廷。
    作册吴方彝蓋,《銘圖》13545;周中

    引右頌,入門,立中廷。
    頌壺,《銘圖》12451-12452;周晩

楚簡

楚簡においては「刀」を加えた異体字が多く用いられる。「宰尹」は《韓非子・八説》で料理人とされているが、楚簡ではそのような記述はみえない。
  1. 名:職官。
    八月[⿱丙口](丙)戌之日,[⿸宰刂](宰)𥎵受[⿱几日](幾)。
    包山《受幾》36

    季𬨤(桓)子史(使)中(仲)弓爲[⿸宰刃](宰)
    上博三《仲弓》1

    史(使)[⿱隹吕](雍)也從於[⿸宰刃](宰)夫之𨒥(後)。
    上博三《仲弓》1

  2. 「太宰」:職官名。王の側近。楚では地方官。
    大(太)𠹼(宰)之駵(騮)爲左驂。
    曾侯乙《乘馬》175

    七夫﹦(大夫)所[⿱歐巿]大(太)𠹼(宰)[⿰匹馬]﹦(匹馬)。
    曾侯乙《敺馬》210

    新都南陵大(太)宰䜌(欒)[⿸疒首](憂)。
    包山《疋獄》102

    [⿱𢽟貝]尹皆紿[⿰紿⿹𠃌一]丌(其)言以告大(太)[⿸宰刂](宰)
    上博四《柬大王泊旱》19

    五(伍)員爲吴大(太)[⿸宰刂](宰)
    清華貳《繫年》第十五章83

    奠(鄭)大(太)[⿸宰刂](宰)[⿰忄旂](欣)亦𨑓(起)𥛔(禍)於奠(鄭)。
    清華貳《繫年》第二十三章131

    楚恭(共)王又(有)𨚮(伯)州利(犁),以爲大(太)宰
    清華叁《良臣》11
  3. 「宰尹」:職官名。地方に配置され、治獄(裁判)に関わっている。
    𠹼(宰)尹臣之騏爲右[⿰馬𤰇](服)。
    曾侯乙《乘馬》154

    𠹼(宰)尹臣之黄爲右[⿰馬𤰇](服)。
    曾侯乙《乘馬》155

    以[⿲彳乃攵][⿸宰刂](宰)尹[⿰弓𠓥]與〼。
    葛陵《卜筮祭禱》甲三356

    福昜(陽)[⿸宰刂](宰)尹之州里公婁毛受[[⿱几日](幾)]。
    包山《受幾》37
  4. 「少宰尹」:職官名。宰尹の副職。
    䢿(鄢)[⿱宀邑]夫﹦(大夫)命少[⿸宰刂](宰)尹鄩𫌳。
    包山《集箸言》157

    䢿(鄢)少宰尹𫑜〈鄩〉𫌳以此[⿱竹𠱾](志)至(致)命。
    包山《集箸言》157反


釋形

「宀」と「䇂」に従う。「䇂」は「乂」の初文で、草を刈る鎌の象形[1]。「宰」はおそらく「䇂」に「宀」を加えた形声字(樂郊)。下部の「䇂」は後代に近形の「辛」と同形となった。
下部を「辛」として罪人と結びつける説があるが、誤りである。

釋詞

「宰」と「䇂(乂)」は{割断}義を共有する。
  • 乂,《説文》十二篇下《丿部》「芟艸也。」(266上)
  • 宰,《慧琳音義》卷十八《十輪經》第三卷音義引《考聲》「大也,理也,制斷也。」(816下)
また{治理}義を共有する。
  • 乂,《爾雅・釋詁》「治也。
  • 宰,《玉篇》卷十一《宀部》「治也,制也。」(209)

「宰」「䇂」「司」はしばしば互いに交替する。
  • 《説文》六篇上《木部》「梓,楸也。从木,宰省聲。榟,或不省。」(111上)
  • 《説文》十四篇下《辛部》「辭,說也。𤔲,籒文辭,从司。」(311上)、兮甲盤「王令甲政𬋹(司)成周亖(四)方責(積)。」(《銘圖》14539)
  • 《龍龕》卷四《肉部》去聲「𦛛,俗。䏤,古。𦞤,今。」(413)
したがって{宰}、{䇂}、{司}はおそらく同源詞である。「宰」は「䇂」声字と考えられる。
ただし、「宰」の声符である「䇂(乂)」と後代の「乂」とは音が異なっており、或いは「䇂(乂)」は異音同義の二詞同居字かもしれない。