2017/07/28

字典「子」

「子」

釋義

甲骨文

殷墟甲骨文において「子」は非常によく見られる字であるが、「幼児」「子供」の用法はそこまで多くない。最も多いのは、「子某」のような人名の前(あるいは後)につく用法である。これが具体的に何を表しているのかは諸説紛紛であるが、何らかの地位・役職・称号であるという説が多い。
  1. 名:こ。子女。息子あるいは娘。
    辛丑卜,㱿,貞:帚(婦)好㞢(有)。二月。
     辛丑卜,亘,貞。王占曰:好其㞢(有)。[⿰丨卩](孚)。
    《合集》94正;典賓

    帚(婦)好毋其㞢(有)
     帚(婦)好㞢(有)。二月。
    《合集》13927;典賓

    壬辰卜,㱿,貞:帚(婦)良[其]㞢(有)
     貞:帚(婦)良[不]其
    《合集》13936正;典賓
  2. 名:こ。幼い動物。動物の子供。
    叀𩣫眔[⿲馬立犬]亡災。
    《合集》37514;黄一
  3. 名:称号の一種。人名の前や後につく。
    乙巳卜,[⿻大匚]:㞢(有)宋*〼
    《合集》19921;𠂤大

    丁卯卜,爭,貞:令效先于䀏。二月。
    《合集》3093;賓一

    丙寅卜,兄,貞:□令甗䇂。十月。
    《合集》23536;出一
  4. 動:やしなう。育てる。養育する。
    戊辰卜,爭,貞:勿[⿱至皀]帚(婦)[⿰女食]子。
    《合集》2783;賓三
十二支の1番目には「子」とは別の文字が使われている。
十二支の6番目として現れる字は字形が「子」に似ており後代には混用が見られるものの、初期の甲骨文では区別されている[1]。また、子組卜辞の主催者は「子」を自称しており、上記の「子某」と同じ意味と思われるが、字体は異なっている。
  1. 名:み。十二支の6番目。(用例略)
  2. 名:非王卜辞の主催者。
    甲申卜,貞:
    《合集》20857;婦女

    己亥,卜貞:我又(有)乎出?[⿰丨卩](孚)。
    《合集》21583;子組

    辛亥卜:曰:余丙速?
    《花東》475;花子

金文

周金文では「其子子孫孫萬年永寶用」の決まり文句が非常によく見られる。
  1. 名:こ。子女。息子あるいは娘。
    則尚(常)安永宕乃心,安永𧟟(襲)[⿹戈冬]身。
    [⿹戈冬]鼎,《銘圖》02489;周中

    虢宣公白乍(作)𬯚(尊)鼎。
    虢宣公子白鼎,《銘圖》02308;周晩

    余畢公之孫、郘(吕)白(伯)之
    郘𮮝鐘,《銘圖》15570-15582;春晩
  2. 名:男子の尊称。一般に姓の後につけるが、齊国では前後につける。
    不录(禄)嗌
    作册嗌卣,《銘圖》13340;周中

    吴季之子逞之兀(元)用鐱(劍)。
    吴季子之子逞劍,《銘圖》17950;春晩

    禾(和)
    子禾子釜,《銘圖》18818;戰早
  3. 名:称号の一種。族名・人名の前後につく。
    蝠。
    子蝠鼎,《銘圖》00470;商晩

    媚。
    子媚簋,《銘圖》03650;商晩

    雨。
    子雨觚,《銘圖》09316;商晩
  4. 名:族名。
    子觚,《銘圖》08887-08894;商晩

    父丁。
    子父丁爵,《銘圖》07818;商晩

    父乙。
    子父乙鼎,《銘圖》00776;周早
  5. 名:姓。また、人名用字。(用例略)
  6. 名:み。十二支の6番目。=巳 (用例略)
  7. 動:いつくしむ。慈愛する。=慈
    懿,父廼是子(慈)
    沈子也簋蓋,《銘圖》05384;周早
  8. 「子子孫孫」:子孫。あとの世代。「孫子」「子子孫」等とも。
    其萬年子﹦孫﹦其永寶用。
    郭伯捱簋,《銘圖》05203;周早

    子﹦孫﹦萬年永寶用。
    庚贏卣,《銘圖》13337-13338;周中

    逨㽙(畯)臣天子﹦孫﹦永寶用亯(享)。
    逨盤,《銘圖》14543;周晩
  9. 「子𠇷(姓)」:子孫。
    𬕝﹦(肅肅)義政,[⿰亻⿱王子](保)𫊣(吾)子𠇷(姓)。
    𦅫鎛,《銘圖》15828;春中
なお、十二支の1番目には「子」とは別の文字が使われている。

楚簡

楚簡では人名用字での例が多い。また、十二支の1番目として用いられ、6番目には用いられない。
  1. 名:こ。子女。息子あるいは娘。
    𢝫(喜)之庚一夫,凥(處)郢里,司馬徒箸(書)之。
    包山《集箸》7

    古(故)夫夫,婦婦,父父,子子,君君,臣臣,六者客(各)行其戠(職)。
    郭店《六德》23

    逆上汌(均)水,見盤庚之,凥(處)于方山。
    清華壹《楚居》1
  2. 名:尊称。姓の後につける。(用例略)
    また、官職名の前につける。
    司馬。
    包山《集箸言》145

    陵尹。
    包山《集箸》156

    左尹。
    包山《祭禱》224
  3. 名:孔子。
    曰:又(有)𬪇(國)者章好章亞(惡),以視民厚,則民青(情)不𥾐(忒)。
    郭店《緇衣》2

    曰:又(有)國者章𡥆(好)章惡,以眂(視)民厚,則民情不弋(忒)。
    上博一《緇衣》1
  4. 名:ね。十二支の1番目。(用例略)
  5. 名:いつくしみ。慈愛。=慈
    羕(養)心於子(慈)俍(良),忠信日嗌(益)而不自智(知)也。
    郭店《尊德義》21

    子(慈)生於眚(性),易生於子(慈)
    郭店《語叢二》23
  6. 名:めす。雌牛。また、雌の家畜。=牸
    大首之子(牸)䮑馬爲右[⿰馬𤰇]。
    曾侯乙《乘馬》147

    司馬上子(牸)爲左驂。
    曾侯乙《乘馬》151

    建巨之子(牸)爲右驂。
    曾侯乙《乘馬》172
  7. 「子女」:むすめ。美しい女性。
    母(毋)㤅(愛)貨資子女。
    上博四《曹沫之陣》2
  8. 「子犯」「子餘」「子産」「子儀」など:人名。(用例略)
    「子夏」「子羔」「子貢」「子羽」「子路」:人名。みな孔子の弟子。
    子[⿱日它](夏)曰:“敢[⿱宀𦖞](問)可(何)胃(謂)五至?”
    上博二《民之父母》2

    子羔曰:“可(何)古(故)以𠭁(得)帝?”
    上博二《子羔》1

    子贛(貢)曰:“否。”
    上博二《魯邦大旱》3

    子羽𦖞(問)於子贛(貢)曰:“中(仲)尼與𫊟(吾)子産䈞(孰)臤(賢)?”
    上博五《君子爲禮》11

    子𮞑(路)𨓹(往)[⿸虎口](乎)子。
    上博五《弟子問》19

釋形

大きく分けてABCDの四種の字体がある。うちBとCはかなり早くに区別が失われた。四種とも小さい子供の象形と考えられている。ただし、AとDが{子供・幼児}の意味に用いられた例はないことには注意しなければならない。
【殷墟甲骨文】
A:{十二支の第一位(ね)}に用いられる。A3が最も象形的な形で、A2やA1はそれを簡単にした形だと思われる。賓組や歷組ではA1の字体が受け継がれたが、後代の何組や黄組では複雑な字体に逆戻りしている。
BC:𠂤組甲骨文では{十二支の第六位(み)}にBを、{子供・幼児}にCを用いており、「子」に従う字もCの形であった。しかし後に混用され、子組ではほぼ全てB、賓組ではほぼ全てC、歷組ではB・Cの両方を区別なく用いている。最終的に黄組ではBが主に用いられている。
D:武丁期にみられる人名である。説文古文「㜽」と近形であることから、「子」の異体字とされている。ただし、この字は両周以降には見られないことから、説文古文「㜽」と直接の関係があるかどうかは慎重にならなければならない。
【西周金文】
A:甲骨文の字形よりさらに複雑な字体が用いられている。
BC:周代には字形変化があまりないが、時代が下るにつれて若干両腕が上がってきたり、上部が丸みのある四角形から後の三角形に近づいてきている。
【戦国文字】
戰國文字は多く上部が三角形になっている。素早く書いたものには上部三角形の一辺と下部縦画を一画とした字形が見られる。
晋系文字は腕を二画で書く特徴があり、清華叁《良臣》はこの特徴をよく受け継いでいる。また上博五《季庚子問於孔子》や、清華貳《繫年》の一部にもこの字体が見られる。
秦系文字は両腕を曲げた形が多い。
【秦漢】
秦隷でほぼ現在と同形となっている。篆書の面影を残した腕を曲げた字体も少数見られるが、後代には廃れた。

《康熙字典》では説文籀文を楷書化した字が多く収録されている。「𩐍」は誤って「自」の異体字とされているが、これも「子」の説文籀文を楷書化した字である[2]。また「𣕓」は誤って「子」の異体字とされているが、別字である。

釋詞

「子」声字は「子供」「小さい」「養育」義を共有する。
  • 字,《説文》十四篇下《子部》「乳也。」(310上),《集韻》平聲《之韻》津之切「養也。」(53)
  • 孜,《廣韻》平聲《之韻》子之切「力篤愛也。」(63)
  • 秄,《説文》七篇上《禾部》「壅禾本。」(145上)《繫傳》「秄之言字也,養之也。」(142上)
「茲」「絲」声字は音義とも近く、また通仮例も多く、同源である。



参考・関連文献

文中出典

[1]张世超《𠂤组卜辞中几个问题引发的思考》,《古文字研究》第二十二辑第30-34頁,中华书局2000年。
[2]杨宝忠《疑难字续考》第340-341頁,中华书局2011年。

工具書

徐中舒主编《甲骨文字典》第1570-1573頁,四川辞书出版社1989年。
劉興隆《新編甲骨文字典》第975-976頁,國际文化出版1993年。
于省吾主編《甲骨文字詁林》第一册第528-539頁、第四册第3592-3593頁,中華書局1996年。
崔恒升《简明甲骨文词典》(增订本)第59-69頁,安徽教育出版社2001年。
马如森《殷墟甲骨文实用字典》第326頁,上海大学出版社2008年。
趙誠《甲骨文簡明詞典――卜辭分類讀本》第43、69、263、367頁,中華書局2009年第2版。
落合淳思《甲骨文辞典》第83頁,朋友書店2016年。

方述鑫等《甲骨金文字典》第1165-1167頁,巴蜀书社1993年。
張世超等《金文形義通解》第3444-3450頁,中文出版社1996年。
王文耀《簡明金文詞典》第36-37頁,上海辭書出版社1998年。

徐在國《上博楚簡文字聲系(一~八)》第385-414頁,安徽大學出版社2013年。

何琳儀《戰國古文字典――戰國文字聲系》第88-89頁,中華書局1998年。
黄德宽主编《古文字谱系疏证》第一册第209-212頁,商务印书馆2007年。
李学勤主编《字源》下册第1278-1279頁,天津古籍出版社2012年。
劉志基主編《中國漢字文物大系》第十四卷第480-486頁,大象出版社2013年。
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文字編

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劉釗主編《新甲骨文編》(增訂本)第818-820頁,福建人民出版社2014年。

董蓮池主編《新金文編》下册第2144-2153頁,作家出版社2011年。
畢秀潔《商代金文全編》第二册第913-941、949頁、第三册第1780-1781頁,作家出版社2012年。

吴良寶編纂《先秦貨幣文字編》 第230-231頁,福建人民出版社2006年。
湯志彪《三晋文字編》第四册第2015-2021頁,作家出版社2013年。
張振謙《齊魯文字編》第四册第1819-1836頁,学苑出版社2014年。
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論文

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