2017/06/01

字典「負」

「負」

釋義

金文

金文の「負」字は戦国晩期の兵器に一例あるのみである。
  1. 「負陽」:地名。
    十二年,負陽命(令)□雩,工帀(師)樂休,冶□。
    負陽令戈,《銘圖》17199;戰晩
また負黍令韓譙戈(《銘圖》17178-17180)は地名「負黍」を「[⿱付臣]余」とする。

楚簡

楚簡に「負」字は用いられていない。
上博三《周易・睽》33「見豕[⿱伓貝](負)𡌆(塗)」、同《周易・解》37「[⿱伓貝](負)𠭯(且)𨍱(乘)。」、今本《周易》が「負」とするところを上博簡は「⿱伓貝」に作る。

秦簡

法律文書では「負う」「償う」の用例が多く見られる。
  1. 動:おう。背負う。背中に物を載せる。
    吏自佐、史以上從馬、守書私卒,令市取錢焉,皆䙴(遷)。
    睡虎地《秦律雜抄》11

    一人米十斗,一人粟十斗,食十斗。
    嶽麓貳《數・衰分類算題》137
  2. 動:おう。責任、債務をもつ。
    作務及賈而責(債)者,不得代。
    睡虎地《秦律十八種・司空》136

    夫妻相反者,妻若夫必有死者。
    嶽麓壹《占夢書》9貳
  3. 動:つぐなう。賠償する。
    其不備,出者之;其贏者,入之。
    睡虎地《秦律十八種・倉律》23

    羣它物當賞(償)而僞出之以彼賞(償)。
    睡虎地《秦律十八種・效》174
  4. 名:つま。=婦
    驚多問新負(婦)、妴得毋恙也?
    睡虎地11號木牘反Ⅵ

    驚多問新負(婦)、妴皆得毋恙也?
    睡虎地6號木牘正Ⅴ
  5. 名:えびら。矢筒。=箙
    卒百人,戟十、弩五、三,問得各幾可(何)?
    嶽麓貳《數・衰分類算題》132

    述(術)曰:同戟、弩、數,以爲法。
    嶽麓貳《數・衰分類算題》133

釋形

「人」と「貝」に従う。戦国晩期以前には見られない。「府」の戦国時代に見られる異体字には「𢊾」「⿱付貝」「⿸广負」等があり、「負」は「⿱付貝(府)」から分化した字と思われる(黄德寬)。
南北朝~唐代には説文小篆を楷書化したものとして上部を「刀」とした字体が用いられたが、《五經文字》には「負」が採用された。

釋詞

「負」「背」「倍」は音義とも近く通仮例があり、同源である。
  • 《釋名・釋姿容》「負,背也,置項背也。
  • 《史記・酈生陸賈列傳》「項王負約不與。」,《漢書・酈陸朱劉叔孫傳》「項王背約不與。
  • 《釋名・釋形體》「背,倍也,在後稱也。
  • 馬王堆《老子》甲本《道篇》126「民利百負。」、同乙本233下「民利百倍。
否定の意志→「そむく」→「負う」という語義展開が考えられる。

2017/05/28

字典「某」

「某」

釋義

金文

用例が少ないが、全て「謀」の意味に用いられる。
諫簋について「無」あるいは「靡」と読み否定の意味とする説もある(郭沫若、楊樹達、裘錫圭)。
  1. 動:はかる。くわだてる。計画する。=謀
    王伐𬃚(蓋)𥎦(侯),周公某(謀),禽𬒯(祝)。
    禽簋,《銘圖》04984;周早

    女(汝)某(謀)不又(有)聞(昏),母(毋)敢不譱(善)。
    諫簋,《銘圖》05336;周中

楚簡

楚簡では人名の用例が多い。また遣策簡には「梅」の用法が見える。
  1. 代:なにがし。それがし。ある人。
    含(今)日𨟻(將)欲飤(食),敢㠯(以)亓(其)妻□妻女(汝)。
    九店《告武夷》43

    句茲也發陽(揚)。
    清華壹《祝辭》1

    代:なにがし。それがし。ある事。
    初日政勿若,今政砫(重),弗果。
    清華柒《越公其事》39
  2. 名:うめ。=梅
    一垪(瓶)某(梅)𨟻(醬)。
    信陽《遣策》21

    [⿳宀⿰必必甘](蜜)某(梅)一[⿰缶土](缶)。
    包山《遣策》255
  3. 名:姓。=梅
    某[⿳艸二艸]之黄爲右[⿰馬𤰇](服)。
    曾侯乙《乘馬》143

    某(梅)瘽才(在)漾陵之厽(三)鉩(璽),[⿵門⿰夕刀](間)御之典匱。
    包山《集箸》13

    訓。
    包山《所屬》193
  4. 名:地名。
    某丘一冢。
    葛陵甲三367

    [⿰既刂](刏)於𬏄丘、某丘二〼。
    葛陵甲三403

釋形

「甘/口」と「木」に従う。《説文》六篇上《木部》「某,酸果也。」段注「此是今梅子正字。」とあり、「楳(梅)」の初文。
先秦文字では「甘」旁と「口」旁はしばしば区別されない。先秦文字の字形は「呆/杲/𣏼/某」形の4種に分けられるが、漢代以降は「某」形が残った(ただし説文小篆は「杲」形)。漢~南北朝代は縦画が上部まで伸びた形が常用されたが、唐代には「其」の下部を「小」に換えたような字体が一般的となった。《康煕字典》は説文小篆を模倣した字体を掲出する。
「牟」の略体「厶」を借りる用法が特に仏教系の写本には多く見られる。

釋詞

「某」と「母」は同音である(《廣韻》莫厚切)。また「某」声と「母/毎」声は互いに通用し、両字は同源と考えられる。

  • 《集韻》平聲《灰韻》謀杯切「梅,或作“楳、某、槑”。」(231)
  • 《説文》三篇下《言部》「謀,慮難曰謀。𠰔,古文謀。𧦥,亦古文。」(46下)
  • 《禮記・中庸》「人道敏政,地道敏樹。」鄭玄注「敏或爲謀。

張建銘は以下の諸字を同源とし「始まり、兆し」の意味があるとする。
  • 腜,《説文》四篇下《肉部》「婦孕始兆也。」(81下)
  • 媒,《説文》十二篇下《女部》「謀也。謀合二姓者也。」(259下)
  • 謀,《説文》三篇下《言部》「慮難曰謀。」(46下)

2017/05/26

字典「不」

「不」

釋義

甲骨文

「亡」「勿」「弗」などとともに否定詞として用いられる。特に「弗」と用法が近く、占卜者の意志によらないもの(天候、災害など)に対して用いられ、「~できない」「~ではない」のように可能性を否定する。
  1. 副:ず、あらず。否定詞。
    ①甲戌卜:今日雨,雨。
    《屯南》82

    ②丙子卜,韋,貞:我其受年。
    《合集》5611正
  2. 名:人名。賓組卜辞に現れる。
    ①貞:子其㞢(有)疾。
    《合集》14007

    ②□寅卜,韋,貞:御子
    《合補》1966
  3. 名:方国名。=邳?
    ①庚申卜,王貞:余伐
    《合集》6834正

    ②……三人于中,宜𫳅。
    《合集》1064
  4. 「不用」:用辞の一つ。命辞で提出された予定を実行しないことを表す。
    ①辛酉貞:癸亥又(侑)父丁歲五牢。不用
    《合集》32665
  5. 「不若」:よくない。よくないこと。災い。
    ①甲申卜,争,貞:王㞢(有)不若
    《合集》891正

    ②……我勿巳賓,乍帝降不若
    《合集》6497
  6. 「不[⿱幺才]鼄」:吉凶判断語の一つ。意味はわかっていない。

金文

甲骨文同様、否定詞としての用法が多く見られる。決まり文句の多い金文では「不○」といった成語化した詞も多い。
  1. 副:ず、あらず。否定詞。
    ①十枻(世)[⿰𦣠言](忘)。
    獻簋,《銘圖》05221

    ②師㝨虔㒸(墜)。
    師㝨簋,《銘圖》05366-05367

    ③叀(唯)王龏(恭)德谷(裕)天,順(訓)我每(敏)。
    何尊,《銘圖》11819

    井(型)中……毋敢井(型)。
    牧簋,《銘圖》05403
  2. 助:…か、いなや。疑問語気詞。文末に置かれる。=否
    ①女(汝)𧵒(賈)田不(否)
    五祀衛鼎,《銘圖》02497
  3. 形:大きい,「不顯」「不𫠭」。=丕
    不(丕)巩(鞏)先王配命。
    毛公鼎,《銘圖》02518

    不(丕)顯考文王。
    天亡簋,《銘圖》05303

    ③對揚天子不(丕)𫠭(丕)魯休。
    師𡘇父鼎,《銘圖》02476
  4. 名:人名,「子不」。人名用字,「不壽」「不𡢁」。
  5. 名:国名。=邳
    ①不(邳)白(伯)夏子自乍(作)𬯚(尊)罍。
    邳伯夏子缶,《銘圖》14089-14090
  6. 「不廷」「不廷方」:朝廷に出ない国。=不庭
    ①𨨋(鎮)静(靖)不廷
    秦公簋,《銘圖》05370

    ②率褱(懷)不廷方
    毛公鼎,《銘圖》02518

楚簡

否定詞と「大いに」の用法がほとんどである。
上博四《曹沫之陣》64「𫊟(吾)言氏不。」の解釈は一定しない。上博三《周易・蹇》35「九五:大訐(蹇)不(朋)棶(來)。」、今本は「大蹇朋來」に作り、解釈は一定しない。
  1. 副:ず、あらず。否定詞。
    憖。
    包山《集箸言》15反

    ②民從上之命。
    郭店《成之聞之》2

    ③曷今東恙(祥)不章(彰)?
    清華壹《尹至》3
  2. 形:大きい。大いに。=丕
    ①《君奭》曰:“唯髟(冒)不(丕)單爯(稱)惪(德)。”
    郭店《成之聞之》22

    ②《
    上博一《孔子詩論》6
    剌(烈)文》曰:“乍{亡}競隹(維)人,不(丕)㬎(顯)隹(維)惪(德)。”
    ③遠土不(丕)承。
    清華壹《皇門》6

釋形

《詩經・小雅・常棣》「常棣之華,鄂不韡韡。」鄭玄箋「承華者曰鄂,不當作柎。柎,鄂足也。古聲不、柎同也。」より、「柎」の初文で、花萼の象形とする説が定説となっている(羅振玉、王国維、郭沫若、徐中舒)。
また、「茇」の初文で、根の象形とする説がある(趙誠、于省吾、姚孝遂、陳世輝、何琳儀)。

釋詞

王力は否定詞「不」「否」「弗」を同源詞とする。

張建銘、殷寄明などは以下の諸字を同源とする。「不」には否定詞を除くと「大きい」の義があり、今「丕」声字が多くこれをうけつぐ。
  • 丕,《説文》一篇上《一部》「大也。」(1上)
  • 伾,《説文》八篇上《人部》「有力也。」(160下)
  • 魾,《説文》十一篇下《魚部》「大鱯也。」(243下)
「咅」声字には「増加する」義と「破れる」義が見られる。
  • 倍,《集韻》去聲《隊韻》補妹切「加也。」(531)
  • 培,《廣韻》平聲《灰韻》薄回切「益也。」(98)
  • 陪,《玉篇》卷二十二《阜部》「加也,益也。」(418)
  • 剖,《廣韻》上聲《厚韻》普后切「判也,破也。」(327)
  • 掊,《莊子・逍遙游》陸德明釋文「掊,司馬云:“擊破也。”」
「不」声字には「始まる」「盛りになる」「栄える」義が見られる。
  • 坏,《説文》十三篇下《土部》「丘再成者也。」(290下)
  • 肧,《説文》四篇下《肉部》「婦孕一月也。」(81下)
  • 芣,《説文》一篇下《艸部》「華盛。」(16上)
以上より「大きい」「栄える」等を原義とする(PIE *bhel-に近い)。「芣」は字形との関係も伺える。否定の用法は仮借と考えられる。

2017/04/29

甲骨文字について その4 𠂤組大字類

𠂤組は貞人組中で最も早い時代のものである。さらに𠂤組大字・𠂤組小字・𠂤賓間・𠂤歷間等に細分化される。

概要

現在300片近くの甲骨がここに分類されている。出土地は小屯村北が中心だが、村中・村南からも出土している。材料は獣骨が中心で、亀甲は少ない。𠂤組卜辞のなかで最も早い時代に位置する群である。
本群を黄天樹は「𠂤組肥筆類」、彭裕商・李學勤は「𠂤組大字類」、張世超は「NS1」と呼称する。

字体・字形

筆画が太く、字も大きい。折れる画は少なく、曲がる画が多い。このように、この頃の甲骨文字は筆文字の特徴をそのまま引き継いでいる。

天干字

「乙」はゆるやかに丸い。「丙」の斜画は上に接しない字が多く、堅画の下端に接する。「丁」は丸く、中を塗りつぶした字は少例みられる。「戊」は三画。「庚」は横画が三本で丸みを帯びている。「辛」は上部の三角形が縦長で上辺が短い字が多い。
「貞」は前期と後期で字体が異なる。前期は三角耳と二脚を持ち中央が膨らんだ字体、後期は四角耳と四脚を持つ字体である。

地支字

「子」は前期と後期で字体が異なる。「丑」は下指が丸く爪がない字が多い。「寅」は矢尻が上端にあり、中部は丸い。「卯」の外側は四角形。「辰」は二横画の間に短い堅画があり、右の堅画の上部は内側を向いている。「巳」の腕は凵字形をしており、堅画の下部は左を向いている。「未」の上部は凵字形。「申」はゆるやかに丸い。「酉」は上部と下部に分かれており、それぞれ四角い。「戌」は刃が四角く、右上から何か垂れている。

特徴的な字

「王」は初期は象形的、前期は刃を塗りつぶすが、後期は簡略化されている。「方」は前期は枝がないが、後期には枝がある。「子」は左腕を挙げた形だが、前期に比べ後期は腕が直線的になっている。「叀」の中央部は前期は✕字形に作るが、後期は+字形に作る。「又」は前期は上指と下指が弧を描くが、後期は上指と腕をつなげて書く。
このほか「止」「圍」「用」「雨」「來」「且(祖)」「于」「牛」「羊」「戈」「目」「不」「舞」「土」「㞢」等に顕著な特徴がある。「月」と「夕」は同形で、左側が欠け中点はない。

行款にかかわらず総じて左向きの字がほとんどである。

文法・用字

卜辞

前辞は「干支卜某」の形式が最も多い。貞人には「王」と「⿻大匚」「甫」がいる。占辞・兆辞はない。

験辞はごく少例見られる。
  • ……[⿻大匚]貞:豕隻(獲)。允隻(獲)七豕。
    《合集》20736

用辞は卜辞文末に記される。
  • 己未卜,王:㞢(侑)兄戊羊。用。
    《合集》20015
  • ……一牛?不用。
    《合集》21267

記時は「某月卜」の形式が見られる。
  • 辛酉卜。七月卜。
    《合集》21407

用字

{有}{侑}には「㞢」が用いられ、「又」は用いられない。

本群には祭祀「捪」が見られる。
  • 甲戌[卜],[⿻大匚]:于來丁酉捪父乙。
    《合集》19946正

疑問語気詞「不我」が文末に用いられることがある。
  • ……盟不我?
    《合集》21250
  • ……父庚不我?
    《合集》21251
  • 庚辰卜:奏[⿴囗𠁼]不我?
    《合集》21252
  • ……[⿻大匚]:㞢妣癸不[我]?
    《合集》19904
また略して「不」とすることもある。
  • 乙□卜,[⿻大匚]:㞢(侑)妣己二羊二豕癸不?
    《合集》19883
  • ……㞢(侑)妣癸不?
    《合集》19903

人名

「子宋」「甫」「臤」など、賓組にも見られる人名が散見されるため、本群の時代下限は武丁中晩期と推定される。

特に「父乙」「母庚」に対しての祭祀が非常に多く見られる。また《合集》19871には同版に「父乙」「祖丁」が見られる。「父丁」の名は見られないため、本群の時代上限は武丁早期とされる。
陽甲・盤庚に対しては「父」を冠することはなく、「[⿱兔口]甲」「般庚」と称しているのが特殊である。このほか先王系譜に一致しない「父癸」「父戊」「兄戊」「兄丁」が祭祀対象となっている。

2017/04/23

甲骨文字について その3 断代と分組類

甲骨文とその時期

甲骨文は殷代のものであるが、殷代といっても長い歴史がある。
一般的に語られる殷王朝の歴史は《史記・殷本紀》に基づく。それによれば、天乙が夏王朝を滅ぼして殷王朝を建てたという。天乙の崩御ののち、その子太丁が即位前に死亡したため太丁の弟の外丙が次の殷王となった。このようにして《史記・殷本紀》では殷の最後の王である帝辛の代まで歴史が綴られているが、それをもとにした殷王の系譜は以下のようになる。
これらの殷王の名前は諡号であり、没後につけられたものである。下字は十干からとられる。
甲骨文はこのうち22代武丁から30代帝辛までの間のものである。数字にするとおよそ200年あまりといわれる。200年間甲骨文が不変であったかというと、当然そんなことはなく、当然うつりかわりが存在しているはずである。したがって、甲骨文の中でもさらに時期による分類が可能だと考えられる。では、どのようにすればその時期・あるいは前後関係を特定できるだろうか。

貞人組

前記事でも触れたが、貞人とは占卜を担当した人物のことであり、その名が前辞に記されることもある。《合集》11546を例に挙げる。《合集》11546は一版(一つの甲骨)に20以上の文章が刻まれており、いま挙げるのはその中からいくつか抜粋したものである。
  1. (1)癸酉卜,争,貞:旬亡𡆥。十月。
    (3)癸巳卜,賓,貞:旬亡𡆥。十一月。
    (4)癸卯卜,古,貞:旬亡𡆥。十一月。
    (5)癸丑卜,[⿱吅口],貞:旬亡𡆥。十二月。
    (7)癸酉卜,[⿱⿰工工口],貞:旬亡𡆥。十二月。
    (23)癸亥卜,奚,貞:旬亡𡆥。五月。
    《合集》11546
貞人の前に、この卜辞について解説する。このタイプの卜辞は「卜旬」といい、旬末(癸日)に行われ、次旬(甲日~癸日の10日間)に災厄がないかを占うものである。例えば(1)は、十月の癸酉の日に行われ、次の甲戌~癸未の10日間について占ったものである。いま(2)と(6)は省略したが、干支と月の記載から(1)~(7)は連続していることがわかる。
この卜辞の「争」「賓」「古」等が貞人の名である。いま賓について考える。「賓貞」とある卜辞は賓が存命中(さらにいうなら賓が貞人の役職を担っていた時期)に書かれたものである。賓というのは一人の人物の名前であるから、「賓貞」の記載がある卜辞は全て同時期それも甲骨時代200年のうちのたかだか数十年程度の範囲内におさめることができる。さらに、賓と同版関係(同じ甲骨に見られる)にある争や古なども賓と同時期の人物であるから、他の「争貞」「古貞」の記載がある卜辞もやはり同じ範囲におさめることができるといえよう。
このように同版(同じ甲骨)に登場しやすい貞人の組み合わせをもとにグループ化していくと、その貞人が登場する卜辞を分類することができる。上でみた争・賓・古・[⿱吅口]・[⿱⿰工工口]・奚などが貞人を務める卜辞は、そのうち一人の名をとって「賓組」と呼ぶ。貞人組には「𠂤組」「賓組」「出組」「何組」「黄組」等がある。

先王

卜辞には祖先を対象にした祭祀の記録が見られる。
  1. 丙申卜,王:㞢祖丁。
    戊子卜,〼父乙彡〼
    《合集》19871
この卜辞には「祖丁」「父乙」が登場する。「父」は父親あるいはその兄弟・従兄弟に対する呼称で、「祖」は祖父以上に対する呼称である。兄弟・従兄弟には「兄」が用いられる。「祖丁」は《史記》中の16代祖丁、「父乙」は《史記》中の21代小乙のことで、この卜辞は22代武丁期のものである。
  1. 甲辰卜,貞:王賓𠦪祖乙、祖丁、祖甲、康祖丁、武乙。
    《合集》35803
この祭祀では直系の王(小乙・武丁・祖甲・康丁・武乙)のみが対象となっている。武乙が対象に含まれているのでこの卜辞は武乙期よりあとのものだとわかる。
このように先王の呼称や記述内容から時期を推測することができる。

用字・字体・文法

字の用法や用いる字体によって卜辞を分類することができる。例えば、「㞢」字は𠂤組・賓組・出組にしか見られず、それ以外の組では「又」等が用いられる。「止」字は𠂤組では四画で書かれるが、𠂤組以外では三画である。「王占曰:吉。」のような験辞は早期にしか見られず、「大吉」「吉」とだけ記すような卜辞は後期にしか見られない。等等。

その他

以上のほか、出土地点・地層、貞人以外の人物・地名・方国、文章の内容などさまざまな内容とその組み合わせにより、卜辞の分類とその時代推定が可能である。


これらの分類および時期推定によって、以下のことがわかっている。
王卜辞には大きく分けて二つの派閥があり、出土地点から村北系と村南系と呼ぶ。貞人組のうち最も早いものは𠂤組で、村北系はその後時代順に賓組→出組→何組と続き、村南系は歷組→無名組と続く。黄組が甲骨文中で最もおそいものである。非王卜辞はおよそ𠂤組・賓組と同じころで、武丁期のものである。武丁期は量が多く、現在発見されているうちの半分近くは賓組だといわれている。
同一貞人組内におけるさらに細かい分類もなされているが、網羅的な研究はなされておらず、分類が難しいものもあるのが現状である。

2017/04/08

甲骨文字について その2 卜辞

甲骨文の文章は卜辞とよばれる。占卜を行ったのちに甲骨に刻み込まれた文章である。

卜辞の構成

卜辞はある程度文章の様式が決まっており、主に前辞・命辞・占辞・験辞の4つの部分から構成される。《甲骨文合集》6057正の文章(一部)を例にあげる。なお、[]内は欠けていたり読めなくなっている字を補ったものである。
  1. 癸巳卜㱿貞旬亡𡆥王占曰㞢[求]其㞢來㛸气至五日丁酉允有來[㛸自]西……(以下略)
    《合集》6057正(典賓)


前辞:癸巳卜㱿貞

前辞は基本的に「干支卜某貞」の形式で書かれるが、一部が省略されることもある。「干支」は占卜を行った日付である。「某」の部分には貞人とよばれ、占卜を行った官人の名前が入る。なお、王自らが貞人の役割を担ったものもある。「貞」は具体的な意味はよくわかっていないが、占うという意味と思われる。「貞」は命辞の一部分と捉える人もいる。
この文章では「癸巳の日に㱿という人物が占った」という意味になる。

命辞:旬亡𡆥

命辞は占卜の対象となる事柄(主に未来の予定あるいは予言)が書かれる。
「旬」は十日をひとまとまりとした一期間のこと。「亡」は有る無しの無し。「𡆥」は「𠧞」「繇」の初文で「憂」に通じ災厄を意味する字。「次の旬に憂事がない」という意味になる。

占辞:王占曰㞢求其㞢來㛸

占辞は占卜の結果判断が書かれる。多くの場合は、王が吉凶判断を行うため「王占曰」から始まる。
「㞢」は「有」の初文。「求」は「咎」に通じて災厄のこと。「㛸」は「囏(艱)」の異体字でやはり災厄のことだが、特に敵襲を意味する。「王が卜兆を見て、敵襲があるだろうと言った」という意味になる。

験辞:气至五日丁酉允有來㛸自西

験辞では占卜ののち、実際にどうだったかが示される。多くの場合「允」の字が用いられ、実際に~だったという文章になっている。
「气」は「迄」に通じ、「气至~」で日が至るの意味。(癸巳の日から)五日後の丁酉の日になり本当に西から敵襲があった、という意味になる。



  1. 癸巳卜,㱿,貞:旬亡𡆥(憂)。王占曰:㞢(有)[求(咎)],其㞢(有)來㛸(艱)。气(迄)至五日丁酉,允有來[㛸(艱)自]西。
    《合集》6057正(典賓)
前辞・命辞・占辞・験辞は必ずすべて揃っているわけではなく、むしろ全て揃っているものの方が少数である。「前辞+命辞」の文章が最も多いと思われる。

占卜の種類

単貞

一つの事柄について一回の占卜を行うものである。
  1. 癸未卜,賓,貞:今日尞。
    《合集》15556(賓一)

重貞

一つの事柄について二回以上繰り返し占卜を行うものである。一般的には同じ文章が並ぶ。
  1. 癸卯卜:叀伊酓。
    叀伊酓。
    《合集》32345(歷二)

対貞

一つの事柄について肯定否定の二つ命辞を用意して占卜を行うものである。同じような文章が並ぶが、一方には「不」「弗」「勿」等の否定詞が加わっている。
  1. 辛亥卜,賓,貞:灷[⿱冖止]化以王係。
    辛亥卜,賓,貞:灷[⿱冖止]化弗其以王係。
    《合集》1100正(賓一)

選貞

二つ以上の並列した内容に対して占卜を行い、いずれかを選ぶものである。犠牲の数を問うものが多い。
  1. 尞牢坎二牢。
    尞牢坎三牢。
    《合集》15601(賓三)

補貞

一つの事柄について占卜を行ったのち、それに対してさらに具体的な内容の占卜を行うものである。
  1. 乙亥,貞:又(侑)伊尹。
    乙亥,貞:其又(侑)伊尹二牛。
    《合集》33694(歷二)

遞貞

ある日付(或いは期間)に対する占卜を行ったのち、その日付に再び別の日付に対する占卜を行う、というように連鎖的に占卜を行うものである。
  1. 庚戌卜,㱿:翌辛亥易日。
    辛亥卜,㱿:翌壬子不其易日。
    《英藏》1080(賓一)

以上の二つ以上を組み合わせたものも多い。

2017/04/06

甲骨文字について その1 字体構造

漢字が誕生した時期は、紀元前2000年頃と推定されるが、資料が少なく正確な時期は明らかでない。現在確認できるまとまった漢字資料のうち最も早いものは、殷代後期(紀元前1200年頃)の甲骨文である。当時は、亀甲・獣骨を利用した占卜が政治に利用されており、その記録が刻まれているのである。このほか竹簡あるいは木簡にも書写していたのであろうが、腐食により現在は残っていない。また陶磁器や青銅器にも文字が確認できるが、文章と呼べるほどのものは少ない。

甲骨文における字体構造

甲骨文の字体構造をいくつかに分類する。分類方法はいくらでもあるが、まず大きく独体字と合体字に分けられる。独体字はそれ以上分解できないもの、合体字は独体字・合体字を2つ以上組み合わせたものである。合体字における偏旁の役割には「形・音・義・示」の4種類が存在すると考える。形旁は字中においてその物体を直接表す。音旁は字音を表す。義旁は字義を表す。示旁は字中において記号的な役割を担う。この4つが組み合わさるので合体字は16種類に分類することができるが、いちいち羅列すると長いことや分類が難しいものもあるので、ここではそれを統合整理したものを示す。


独体象形字

表示物そのものを描いたものである。「人」「木」「月」などなど。
権威の象徴である鉞を描いて「王」を表すように、表示物を直接描かないものもある。
「小」は小さいもの、「三」は横棒3つ、これらは具体的に存在する物体ではなく抽象的なものを描いている。

合体象形字(会形字)

複数の象形字を組み合わせ情景を描くことで、複雑な事柄を表したものである。
例えば、人が木の下で休んでいるさまを描いて「休」、木がたくさん生えているさまを描いて「林」といった具合である。

会義字

複数の字を組み合わせて、その意味から事柄を表すものである。
例えば、「員」は鼎の上に球体が載っている象形ではなく、丸い物同士を組み合わせて「円」を表している。「赤」を表すのには大きい火を示している。

標示字

象形字の一部分を指し示すことによりその部位を表すものである。
「亦」は人の立ったさまである「大」の脇の部分を示している。「刃」は刀の刃部を丸で示している。

形声字

音を表す声符と意味を示す意符からなる字。
「雀」は「小」のうち鳥に関係するものを表し、これは意符が後から加えられたものと考えられる(標義形声字)。
一方「鳳」は鳥の象形に、あとから同音である「凡」が意味と関係なく加えられたものと考えられる(標音形声字)。

合文

二字以上からなる言葉をそのまま組み合わせて一字にしたもの。
先祖の名前や数字などに多い。「百」「千」などもこれに分類できよう。