①②は「豊」の甲骨文である。「豊」は「壴+玨」で、装飾のついた太鼓の象形である。
③④は「豐」の甲骨文である。「豐」は「壴」を意符、「亡」を声符とする形声文字である。
⑤は「壴+木」からなる字である。
《甲骨文字用研究・殷墟甲骨文已識字字表》
【豊】
1.酒。
花東501:“丁卜,今庚其乍豊,速丁飲。若。”
合31180:“其乍豊,又正,受又。”
合30725:“弜用茲豊。”
2.地名。
懷1444:“甲寅卜,乙王其田于豊以戍擒。”
【豐】
婦名。
合17513:“壬寅帚豐示二屯。岳。”
合2798反:“帚豐…來。”
【⿱林豈】
地名。
合8262反:“貞勿往○。”
このほか「豊」は祭祀名としても使われている。また合27137や合30961に見える「豊庸」を楽器名とする説もある。
なお、甲骨文では意味と字形が対応している。
上は殷~西周早期の金文の字。
①集成05.2625《豊作父丁鼎》:“王商(賞)宗庚豊貝二朋。”
「宗庚豊」は人名。
②集成08.4201《小臣宅𣪘》:“同公才(在)豐。”
「豐」は地名。「酆」との関連が指摘されている。
③集成04.2152《豐公鼎》:“豐公□乍(作)尊彝。”
④集成10.5346《豐卣》:“豐乍(作)父癸寶尊彝。”
「亡」に従う③④は作器者の人名に使われている。
⑤集成08.4261《天亡𣪘》:“王又(有)大豊(禮)王凡三方。”
「大禮」は儀礼。
⑥集成10.5357《𪬹季遽父卣》:“𪬹季遽父乍(作)豐姬寶尊彝。”
「豐姬」は人名。
上は西周中期の金文の字。
⑦集成15.9455《長甶盉》:“穆王鄕(饗)豊(醴)。”
「豊」は酒の意。
⑧近出468《叔豊簋》:“弔(叔)豊曰余啟(肇)乍(作)寶𣪘(簋)。”
西周金文に見られる「亡」に従う字はここで挙げたもの以外も全て人名にのみ使われている。
⑨集成01.247《𤼈鐘》:“其豐〓𬉖〓。”
「豐豐𬉖𬉖」は擬声詞。もとは太鼓の音、引伸でゆたか・盛んなさまを表す。
⑩集成16.10175《史牆盤》“厚福。豐年。”
「豐」は「ゆたか」の意。
⑪集成06.3737《[⿱夂言]𣪘》:“[⿱夂言]乍(作)豐□寶𣪘(簋)。”
「豐□」は人名。
⑫集成08.4267《申𣪘蓋》:“官𤔲(司)豐人眔九[⿱戲皿]祝。”
「豐人」は地名。
上は⑭を除き西周晩期の金文の字。⑭は春秋早期のもの。
⑬集成16.10176《散氏盤》:“𫪡豐父。”
「𫪡豐父」は人名。
⑭集成03.668《右戲仲夏父鬲》:“右戲中(仲)夏父乍(作)豐鬲。”
「豐鬲」は器名。「醴鬲」と読むという説もある。
⑮集成07.3923《豐丼叔𣪘》:“豐井(邢)弔(叔)乍(作)白(伯)姬尊𣪘(簋)。”
「豐邢叔」は人名。
⑯集成08.4280《元年師𬀈𣪘》:“備于大𠂇(左)官𤔲(司)豐還。”
「豐還」は地名。
⑰集成05.2546《輔伯𬌄父鼎》:“輔白(伯)𬌄父乍(作)豐孟㜏賸(媵)鼎。”
「豐孟㜏」は人名。
上は「豊」に従う「醴」字と、「豐」に従う「𫿩」字。
⑱集成05.2807《大鼎》(周中):“王鄕(饗)醴。”
⑲集成15.9726《三年𤼈壺》(周中):“鄕(饗)醴。”
⑳集成15.9572《𬋺仲多壺》(周晩):“𬋺(唐)中(仲)大乍(作)醴壺。”
㉑集成15.9656《伯公父壺蓋》(周晩):“白(伯)公父乍(作)弔(叔)姬醴壺。”
㉒集成01.49《㪤狄鐘》(周中晩):“𫿩〓𬉖〓降。”
㉓集成01.110《丼人𡚬鐘》(周晩):“𫿩〓𬉖〓。”
西周金文では「豊」「豐」に字形差は見られない。
上は楚系文字。
①曾侯乙墓竹簡75:“黄豊馭王車。”
初期の字体。上博六《天子建州》ではこの字体が用いられる。晋系文字もこの字体に近い。
②郭店楚簡《語叢一》16:“又(有)仁又(有)智,又(有)義又(有)豊(禮),又(有)聖又(有)善。”
上部が「𦥔」の字体。楚簡ではこの字体が一番多く見られる。
③郭店楚簡《語叢一》33:“豊(禮)生於牂,樂生於亳。”
上部が「臼」の字体。例は少ない。上博七《凡物流形》ではこの字体が用いられる。
④郭店楚簡《六德》26:“豊(禮)、樂,共也。”
上部が「艹」のような字体。郭店《性自命出》、郭店《六德》ではこの字体。
また、郭店《緇衣》、上博一《緇衣》では上部が「井」のような字体が用いられている。
⑤上博楚簡二《容成氏》48:“豐、喬(鎬)之民䎽(聞)之,乃降文王。”
清華四《別卦》の「酆」の字形はこれに近い。
⑥上博楚簡三《周易》51:“九四:豐丌(其)坿(蔀),日中見斗,遇丌(其)𡰥(夷)宔(主),吉。”
包山楚簡にはこれに縦棒が入った字体が用いられている。
楚系文字では「豊」と「豐」は字形が区別されている。
上は秦系文字。
①近出二1197《王七年上郡守疾戈》(318BC):“王七年,上郡守疾之造。□豊。”
②《西安相家巷遺址秦封泥的發掘》圖十六9:“豐璽”
③詛楚文(戰晩):“禮使介老將之,以自救殹(也)。”
④《秦陶文新編》1148(秦):“陝禮”
⑤璽印集成・三一・GY-0002
⑥秦陶2977《秦封宗邑瓦書》(334BC):“取杜才(在)酆邱到潏水。”
秦系文字では「豊」と「豐」は字形が区別されている。