2017/08/06

大熊肇『字体変遷字典:【女】』訂補

各文中で△は該字を示す。

P214「奴」字第1行第3列“甲骨”

この字形(摹本)の出典は《合集》8251正である。
  1. 〼[王占]曰:吉。〼□曰𫭠(往)仌〼□毓。
    《合集》8251正;典賓
△はと小点に従う。一般に「女」旁は跪いた姿を描き、足を伸ばしたのように作るのは稀である。逆に、(1)にも用いられている「毓」字()は、一般に足を伸ばした「女」旁()と上下逆向きの「子」と小点に従う。したがって、△は「毓」から派生した字、或いは「毓」の訛字と考えられる。
また、この字はこの片にしか見えず、残辞で文意も明らかではない。“奴”と隷定するのは良いとしても、後代の「奴」字との繋がりは認められず、「奴」の甲骨文として扱うのは不適と思われる。

P214「好」字第1-2行第1列“甲骨”、第3-4行第1列“金文”、第1-2行第2列“金文”

殷墟甲骨文や商金文には「帚(婦)好」が多く見られる。
  1. 已丑卜,㱿,貞:翌庚寅,帚(婦)好娩。
    《合集》154;典賓
  2. 辛丑卜,㱿,貞:帚(婦)好㞢(有)子。
    《合集》94正;典賓
「婦好」は武丁の妻で、金文はその墓から出土した銅器のものである。
甲骨文には「婦好」のほかに「婦妌」「婦姼」「婦娘」など多くの「婦某」が多数みられる。「婦」は王の配偶者、あるいはなんらかの身分・地位をもった者の称号である。下一字はは人名・族名を表しており、「婦井」「婦多」「婦良」の例があることからもわかるように、女偏は「婦」の人名を表す際にしばしば付け加えられるものである。
したがって、「婦好」の「好」は「子」に女偏を加えた人名専用字で、後代の【喜好】の「好」とは関係がない。同様に甲骨文にみえる女に従う字の多くは婦名専字で、後代の同形字とは無関係である。

また第3行第1列“金文”の字は二つの「女」に従うが、右側は「婦」の女偏である。これは「婦好」のそれぞれの女偏を対称に配置して芸術性を高めたものである。商代金文の族徽銘文はロゴのようなものなので、文字として考える場合注意が必要である。

P216「如」字第1行第1列“甲骨”

「女」は手を胸の前で交差させた形であるが、△が従うのは後ろ手に縛られた人の象形である。△は「訊」の初文で、黄組甲骨文や西周金文では「幺」が意符として加えられている。
参考:張亞初《甲骨金文零釋・释訊》,《古文字研究》第六輯,中華書局1981年;宋鎮豪、段志洪主編《甲骨文獻集成》第十三册,四川大學出版社2001年。等

P216「如」字第2行第1列“甲骨”

この字形(摹本)の出典は《合集》13944である。
  1. □巳[卜,]貞:今娩。
    《合集》13944;典賓
△は「好」字で、原拓は「子」の下部が潰れて鮮明ではないため、模写を誤ったものである。卜辞は婦好の出産に関するものである。《合集》2688は「好」字をに作り、△字に近しい。

P216「如」字第3行第1列“甲骨”

原拓は極めて不鮮明だが、出産に関する卜辞であることから、おそらく△は婦名専字である。西周金文に「如」字は見られず、「女」が用いられていることからも、甲骨文の“如”と後代の「如」は別であると見てよい。

P216「妃」字第3行第1列“甲骨”、第2行第5列“戦国・金文”

△(「𡚱」)は「女」と「巳」に従うが、これを「妃」とする根拠はない。裘锡圭は甲骨文中の「女」あるいは「妾」と「卩」に従う字が「妃」「配」の初文であると指摘する。
参考:陳劍《釋〈忠信之道〉的“配”字》,《國際簡帛研究通訊》第二卷第六期,2002年;陳劍《戰國竹書論集》第14-23頁,上海古籍出版社2013年。

P216「妃」字第1-4行第2列“金文”

△は「女」と「己」に従う。金文では全て人名に用いられている。
  1. 𩵦(蘇)甫(夫)人乍(作)𫲞(姪)襄𧷽(媵)般(盤)。
    蘇夫人盤,《銘圖》14405;周晩

《國語・晋語一》「殷辛伐有蘇,有蘇氏以妲己女焉。」韋昭注「有蘇,己姓之國,妲己其女也。」、△は「己」に女偏を加えた字で、後代の「妀」である。《説文・女部》「妀,女字也。从女,己聲。」、「妀」と「妃」は別字である。

P218「妨」字第1行第3列“銀雀山竹簡”

この字形(摹本)の出典は銀雀山竹簡《晏子》530である。銀雀山竹簡の書写年代は前漢で、先秦のものではない。

P218「委」字第2行第2列“甲骨”

「禾」と「女」に従う「委」は秦簡以前には見られず、この字を「委」とする根拠はない。後代の「委」とは確実に別字である。

P220「妾」字第1行第1列“甲骨”

この字は「羊」と「女」に従う婦名専字である。頭上に何かをつけた女性の象形である「妾」とは明らかに別字。

P220「妾」字第1行第2列“金文”、第1行第6列“西狹頌”、第1行第9列“敬史君碑”

金文の字形(摹本)の出典は己侯簋(《銘圖》04673)である。「羊」と「女」に従う字で、明らかに「姜」字である。《説文・女部》「姜,神農居姜水,因以爲姓。」、「姜」と「妾」は別字である。

P220「妾」字第2行第3列“子彈庫楚帛”

この字形(摹本)の出典はおそらく子彈庫帛書《丙篇・十月》である。「羊」と「我」に従い、「義」字である。

P222「姓」字第1行第1列“甲骨”

この字は婦名専字で、後代の「姓」とは無関係の別字である。

P222「姓」字第1行第2列“金文”

この字形(摹本)の出典は兮甲盤(《銘圖》14539)である。
  1. 其隹(唯)我者(諸)𥎦(侯)、百
    兮甲盤,《銘圖》14539;周晩
{姓}に用いられているが、字体は明らかに「生」である。詞義によって字を掲載するのか、字体によって配列するのか一貫性がない。

P224「姦」字第1行第1列“殷・金文”、第3行第1列“殷・金文”

この両字は婦名専字で、後代の「姦」「奸」とは無関係の別字である。

P224「姫」字第2行第1列“甲骨”

この字は婦名専字で、後代の「姫」とは(また無論「姬」とも)無関係の別字である。

P226「姪」字第1-2行第1列“甲骨”

この字は婦名専字で、後代の「姪」とは無関係の別字である。

P226「姪」字第2行第3列“金文”

この字形(摹本)の出典は王子△鼎(《銘圖》01749)である。銘文は極めて不鮮明で、△を「姪」と断定するのは問題がある。董蓮池は「致」の変化した字であるとする。
参考:董莲池《释王子姪鼎铭中的“致”》,《中国文字研究》第十六辑第19-21頁,上海人民出版社2012年。

P226「娯」字第1行第9列“呉瑱墓誌”

呉瑱墓誌は後代の偽刻であり、北魏の墓誌銘ではない。
参考:澤田雅弘《偽刻家Xの形影 : ―同手の偽刻北魏洛陽墓誌群―》,書学書道史学会《書学書道史研究》No.15第3-21頁,2005年。等

P226「娠」字第1行第1列“甲骨”

この字は婦名専字で、後代の「娠」とは無関係の別字である。

P226「娘」字第1行第1列“甲骨”

この字は婦名専字で、後代の「娘」とは無関係の別字である。

P228「婁」字第1行第1列“甲骨”

この字形(摹本)の出典は《合集》8175であるが、原拓は極めて不鮮明で、この字形には問題がある(先に述べたが「女」をこの形に作ることは稀である)。また模写が正確だったとしても、「婁」は「角」を声符として含む字であるから、「日」に従っている△を「婁」とすることはできない。

P228「婁」字第2行第2列“睡虎地秦簡”

『字体変遷字典』における「睡虎地秦簡」の字形の出典は全て張守中撰集《睡虎地秦簡文字編》(文物出版社,1994年)であるが、該書の摹写字形は稚拙で、ほとんどもとの書法を伝えていない。該書において△の出典は睡虎地《日書甲種・取妻出女》6背となっているが、原字の中央部に縦画は存在せず、摹写の誤りである。

1 件のコメント:

  1. 詳細な検証をありがとうございます。他の文字も見直してみます。

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