「子」
釋義
甲骨文
殷墟甲骨文において「子」は非常によく見られる字であるが、「幼児」「子供」の用法はそこまで多くない。最も多いのは、「子某」のような人名の前(あるいは後)につく用法である。これが具体的に何を表しているのかは諸説紛紛であるが、何らかの地位・役職・称号であるという説が多い。- 名:こ。子女。息子あるいは娘。
①辛丑卜,㱿,貞:帚(婦)好㞢(有)子。二月。
辛丑卜,亘,貞。王占曰:好其㞢(有)子。[⿰丨卩](孚)。《合集》94正;典賓
②帚(婦)好毋其㞢(有)子。
帚(婦)好㞢(有)子。二月。《合集》13927;典賓
③壬辰卜,㱿,貞:帚(婦)良[其]㞢(有)子。
貞:帚(婦)良[不]其子。《合集》13936正;典賓 - 名:こ。幼い動物。動物の子供。
①叀𩣫眔[⿲馬立犬]子亡災。《合集》37514;黄一 - 名:称号の一種。人名の前や後につく。
①乙巳卜,[⿻大匚]:㞢(有)子宋*〼《合集》19921;𠂤大
②丁卯卜,爭,貞:令子效先于䀏。二月。《合集》3093;賓一
③丙寅卜,兄,貞:□令子甗䇂。十月。《合集》23536;出一 - 動:やしなう。育てる。養育する。
①戊辰卜,爭,貞:勿[⿱至皀]帚(婦)[⿰女食]子子。《合集》2783;賓三
十二支の6番目として現れる字は字形が「子」に似ており後代には混用が見られるものの、初期の甲骨文では区別されている[1]。また、子組卜辞の主催者は「子」を自称しており、上記の「子某」と同じ意味と思われるが、字体は異なっている。
- 名:み。十二支の6番目。(用例略)
- 名:非王卜辞の主催者。
①甲申卜,貞:子。《合集》20857;婦女
②己亥,子卜貞:我又(有)乎出?[⿰丨卩](孚)。《合集》21583;子組
③辛亥卜:子曰:余丙速?《花東》475;花子
金文
周金文では「其子子孫孫萬年永寶用」の決まり文句が非常によく見られる。- 名:こ。子女。息子あるいは娘。
①則尚(常)安永宕乃子心,安永𧟟(襲)[⿹戈冬]身。[⿹戈冬]鼎,《銘圖》02489;周中
②虢宣公子白乍(作)𬯚(尊)鼎。虢宣公子白鼎,《銘圖》02308;周晩
③余畢公之孫、郘(吕)白(伯)之子。郘𮮝鐘,《銘圖》15570-15582;春晩 - 名:男子の尊称。一般に姓の後につけるが、齊国では前後につける。
①不录(禄)嗌子。作册嗌卣,《銘圖》13340;周中
②吴季子之子逞之兀(元)用鐱(劍)。吴季子之子逞劍,《銘圖》17950;春晩
③子禾(和)子。子禾子釜,《銘圖》18818;戰早 - 名:称号の一種。族名・人名の前後につく。
①子蝠。子蝠鼎,《銘圖》00470;商晩
②子媚。子媚簋,《銘圖》03650;商晩
③子雨。子雨觚,《銘圖》09316;商晩 - 名:族名。
①子。子觚,《銘圖》08887-08894;商晩
②子父丁。子父丁爵,《銘圖》07818;商晩
③子父乙。子父乙鼎,《銘圖》00776;周早 - 名:姓。また、人名用字。(用例略)
- 名:み。十二支の6番目。=巳 (用例略)
- 動:いつくしむ。慈愛する。=慈
①懿,父廼是子(慈)。沈子也簋蓋,《銘圖》05384;周早 - 「子子孫孫」:子孫。あとの世代。「孫子」「子子孫」等とも。
①其萬年子﹦孫﹦其永寶用。郭伯捱簋,《銘圖》05203;周早
②其子﹦孫﹦萬年永寶用。庚贏卣,《銘圖》13337-13338;周中
③逨㽙(畯)臣天子﹦孫﹦永寶用亯(享)。逨盤,《銘圖》14543;周晩 - 「子𠇷(姓)」:子孫。
①𬕝﹦(肅肅)義政,[⿰亻⿱王子](保)𫊣(吾)子𠇷(姓)。𦅫鎛,《銘圖》15828;春中
楚簡
楚簡では人名用字での例が多い。また、十二支の1番目として用いられ、6番目には用いられない。- 名:こ。子女。息子あるいは娘。
①𢝫(喜)之子庚一夫,凥(處)郢里,司馬徒箸(書)之。包山《集箸》7
②古(故)夫夫,婦婦,父父,子子,君君,臣臣,六者客(各)行其戠(職)。郭店《六德》23
③逆上汌(均)水,見盤庚之子,凥(處)于方山。清華壹《楚居》1 - 名:尊称。姓の後につける。(用例略)
また、官職名の前につける。
①子司馬。包山《集箸言》145
②子陵尹。包山《集箸》156
③子左尹。包山《祭禱》224 - 名:孔子。
①子曰:又(有)𬪇(國)者章好章亞(惡),以視民厚,則民青(情)不𥾐(忒)。郭店《緇衣》2
②子曰:又(有)國者章𡥆(好)章惡,以眂(視)民厚,則民情不弋(忒)。上博一《緇衣》1 - 名:ね。十二支の1番目。(用例略)
- 名:いつくしみ。慈愛。=慈
①羕(養)心於子(慈)俍(良),忠信日嗌(益)而不自智(知)也。郭店《尊德義》21
②子(慈)生於眚(性),易生於子(慈)。郭店《語叢二》23 - 名:めす。雌牛。また、雌の家畜。=牸
①大首之子(牸)䮑馬爲右[⿰馬𤰇]。曾侯乙《乘馬》147
②司馬上子(牸)爲左驂。曾侯乙《乘馬》151
③建巨之子(牸)爲右驂。曾侯乙《乘馬》172 - 「子女」:むすめ。美しい女性。
①母(毋)㤅(愛)貨資子女。上博四《曹沫之陣》2 - 「子犯」「子餘」「子産」「子儀」など:人名。(用例略)
「子夏」「子羔」「子貢」「子羽」「子路」:人名。みな孔子の弟子。
①子[⿱日它](夏)曰:“敢[⿱宀𦖞](問)可(何)胃(謂)五至?”上博二《民之父母》2
②子羔曰:“可(何)古(故)以𠭁(得)帝?”上博二《子羔》1
③子贛(貢)曰:“否。”上博二《魯邦大旱》3
④子羽𦖞(問)於子贛(貢)曰:“中(仲)尼與𫊟(吾)子産䈞(孰)臤(賢)?”上博五《君子爲禮》11
⑤子𮞑(路)𨓹(往)[⿸虎口](乎)子。上博五《弟子問》19
釋形
大きく分けてABCDの四種の字体がある。うちBとCはかなり早くに区別が失われた。四種とも小さい子供の象形と考えられている。ただし、AとDが{子供・幼児}の意味に用いられた例はないことには注意しなければならない。【殷墟甲骨文】
A:{十二支の第一位(ね)}に用いられる。A3が最も象形的な形で、A2やA1はそれを簡単にした形だと思われる。賓組や歷組ではA1の字体が受け継がれたが、後代の何組や黄組では複雑な字体に逆戻りしている。
BC:𠂤組甲骨文では{十二支の第六位(み)}にBを、{子供・幼児}にCを用いており、「子」に従う字もCの形であった。しかし後に混用され、子組ではほぼ全てB、賓組ではほぼ全てC、歷組ではB・Cの両方を区別なく用いている。最終的に黄組ではBが主に用いられている。
D:武丁期にみられる人名である。説文古文「㜽」と近形であることから、「子」の異体字とされている。ただし、この字は両周以降には見られないことから、説文古文「㜽」と直接の関係があるかどうかは慎重にならなければならない。
【西周金文】
A:甲骨文の字形よりさらに複雑な字体が用いられている。
BC:周代には字形変化があまりないが、時代が下るにつれて若干両腕が上がってきたり、上部が丸みのある四角形から後の三角形に近づいてきている。
【戦国文字】
戰國文字は多く上部が三角形になっている。素早く書いたものには上部三角形の一辺と下部縦画を一画とした字形が見られる。
晋系文字は腕を二画で書く特徴があり、清華叁《良臣》はこの特徴をよく受け継いでいる。また上博五《季庚子問於孔子》や、清華貳《繫年》の一部にもこの字体が見られる。
秦系文字は両腕を曲げた形が多い。
【秦漢】
秦隷でほぼ現在と同形となっている。篆書の面影を残した腕を曲げた字体も少数見られるが、後代には廃れた。
《康熙字典》では説文籀文を楷書化した字が多く収録されている。「𩐍」は誤って「自」の異体字とされているが、これも「子」の説文籀文を楷書化した字である[2]。また「𣕓」は誤って「子」の異体字とされているが、別字である。
釋詞
「子」声字は「子供」「小さい」「養育」義を共有する。- 字,《説文》十四篇下《子部》「乳也。」(310上),《集韻》平聲《之韻》津之切「養也。」(53)
- 孜,《廣韻》平聲《之韻》子之切「力篤愛也。」(63)
- 秄,《説文》七篇上《禾部》「壅禾本。」(145上)《繫傳》「秄之言字也,養之也。」(142上)
参考・関連文献
文中出典
[1]张世超《𠂤组卜辞中几个问题引发的思考》,《古文字研究》第二十二辑第30-34頁,中华书局2000年。[2]杨宝忠《疑难字续考》第340-341頁,中华书局2011年。
工具書
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